バイクに乗って :

   今ではすっかりご無沙汰になってしまったバイク君と私の物語です。   

ハミング
ハミング

僕の最初の愛車はホンダの『ハミング』という洗剤のような名前であった。2サイクル50ccエンジン、これをミニサイクル自転車に積んだようななんとも可愛らしくも少し頼りないようなやつだ。こいつをどうやって手に入れたのか、買った記憶は全くないからおそらく誰からか譲り受けたのだとは思うが、一体誰がくれたのか、記憶の片隅にでも残しておくべきだった。とにかくこの『ハミング』、新しい世界を僕にのぞかせてくれた。ちょうどその頃、僕は阿佐ケ谷という街に住んでいた。ここはごみごみしていて非常に落ち着く良い街である。今もって僕のお気に入りの街だ。その阿佐ケ谷から新宿の仕事先まで、毎朝六時過ぎに青梅街道をひた走る。ひた走る、と言っても僕の相棒はビーンというスロットル全開の高周波をまき散らして、しかし余裕で流して行く車たちにはビュンビュン追い越されながら路肩にへばりついているのだったが、、、。非力ながらも必死に回るこのちっこいエンジンのかん高い音は感動モノであった。

走り出したら歩いている世界とはお別れだ。道路は一つの社会。ほんの少し前までは、バイクに乗って東京の街を走ることなど考えてもみなかったのだが、今は風の冷たさ、道の匂い、自分にふりそそぐ太陽の光などといっしょにアスファルトを蹴って行く。大きな流れや小さな流れ、それに乗り、また離れ、瞬間々々に何かを考え何かを感じ、、、。『ハミング号』には三カ月か四カ月か、はたまたもっと長い期間乗り続けたか、はっきりとは覚えていないがエンジンはいつも快調に回ってくれていた。そしてすっかり僕の生活のひとつの要素になっていた。

ダックス
ダックス

そんなある日のこと、井の頭通りのあるバイク屋で『ダックス』と出会うことになる。割に大きなバイク屋だったが、そいつはその片隅にほこりを被ったまま並べてあった。たしか四万円程したと思う。前金を収めてからはとにかく納車が待ちどおしかった。タフで経済的なことで知られる『カブ』と同じ50cc4サイクルOHCエンジン、それを胴長ダックスフンド風ボディーにのっけたやつだ。ほとんど金属部品でできていて、割に車重があったせいか走行中の安定感はあったのだが、車輪の径が小さく、幅太タイヤのコーナーリングはなんとも心もとなく、時々ステップを地面にぶつけていた。こいつには『ハミング』にはなかった変速機がついていて、そのため初めのうちはクラッチのつなぎかたがうまくいかず、エンストしたりウイリーしたり大変だった。最初にバイク屋で受け取って阿佐ケ谷まで乗って帰るときは何度も冷汗をかく思いをして、その度に道端に止めて気持ちを落ち着けたモノだ。しかし慣れてくるとなかなかゴキゲンだ。エンジンが(なんとなくだが)頼もしい。また、変速機とエンジンの関係など「機械を操る」的な楽しみ、『ハミング』と同じ排気量のエンジンでありながらこんなにも性格が違うものか、バイクの面白さ、そのバイクで走ることの楽しさに少しずつはまり込んでいった。それに小さいながらも『僕の相棒』、相変らず路肩専門ではあったが、夜の街道を走り抜けて家へ着いたときなど、熱をもったエンジンを抱えたこいつが生き物のようでとても愛しく思えたものだ。自分の意志でどこへでも行ける、自分と僅かばかりの荷物を積んで東京の街を走る。それまでは電車と線路あっての東京だったが、走り抜ける風景、『点』から『線』の移動へと変わる。バイクは人間と風景を隔離しない。それ故に危険でもあるのだが自分自身の判断力、慎重さを養っていくことで様々なことを自分自身で体験できる。しかし走り出したらある意味では密室。風景は前から後ろへと次から次へ流れ去り、バイク以外には誰もいない。たとえ誰かと同じ目標に向かっていたとしても、走っている間はお互いを助け合うことなどできないのだ。ヘルメットの中の自分。そして風景と頭の中の世界。そんな『ダックス』で小さな旅をする。以前、新宿で知り合った友達がそのときたまたま茅ケ崎に居た。単純に地図を辿り中原街道を西へ向かう。「ダックス」の燃料タンクの容量はわずか2.5L、ガス欠を気にしながら走っていると道はだんだん狭くなり辺りは草ぼうぼう、たしか冬だったか、曇り空に次第に不安になっていく自分をみる。分岐が幾度かある。聞き慣れない地名の標識。五時間程かかっただろうか、寒川町を抜けるころにはすっかり夜になってしまっていた。スタンドでガソリンを入れてやる。「百円!」従業員がでかい声でニヤニヤしながら言ってやがる。道を尋ねたりしながら「おそらくこのへんだろう」と、コンビニから電話をかけると彼はすぐに迎えに来てくれた。懐かしい友に出会う旅。     

ホンダMTX
ホンダMTX

 それまでは車の免許のおまけでバイクに乗っていたのだが、次第に『欲』が出てきてしまった。ローンを組んで世田谷区のある教習所に通い初める。重くてでかいバイク、それがほんの少しスロットルを開けただけでいとも簡単に加速していく。そもそも移動することを目的に作られた機械なのになぜこんなにも楽しいのか、股の下でガッチリ固定してやると、まさしく現代の馬だ。おそらく地上を走る乗り物の中で、その不安定さ不完全さ故に、最も魅力的なものではないだろうか。大空を自由自在に飛び回るトンビ、高く、低く、子供の頃の空の風景、、、、。空を飛ぶこと(自分の意のままに自由自在に)は今もって僕の憧れであるが、こんなにも単純な機械でトンビに少し近づけたような気持ちにさえなってくる。試験にパスし、教習所を後にして走り出したときは『ダックス』の上で喜び勇んでいた。そして予てより買って密かに乗っていたホンダ『MTX125R』に堂々と股がる。125ccではあるが2サイクルエンジンは軽い車体ともあいまって楽に車の流れに乗ることができた。日常の足から旅へ、テントをはじめキャンプ道具を満載した我が『MTX』が早朝の阿佐ケ谷の街を後にする。心がときめく。自分自身に「行くぞ!」

はじめての野宿ツーリング、伊豆の山々。思っていたより遥かに険しい林道を、心のときめきと緊張を抱いて走り抜ける。走る。地図に記した林道の線、ひとつひとつの道がそれぞれの個性を持っていた。尾根道、谷道、砂利道、瓦礫の道、道の表情がフロントフォークの跳ね返りを通して伝わってくる。ガスに包まれた峠、登り、下る。南伊豆の東海岸に降りてきた。太陽が沈む。テントを張れるようなよい場所があるだろうか。不安になりつつも国道をうろうろする。食料と水とわずかの酒を調達して、ようやく海岸に横になることができた。

野宿の旅、バイクと自分の二人旅。いろいろなところへ行った。自分で道を調べ、道に、その風景に出会うために、光や風を、ときには雨を、雪を、雷鳴を。夜中にテントに降りかかってくる波しぶき、地面からしみこんでくる雨水。テントが風にあおられて大きく波打っている。しかし今はここにいるしかない。厚い雨雲の隙間からキラリとさし始める光、なんともドラマチックに空を、雨で疲れた僕の心を染めあげる。林道の片隅にバイクを止めてテントを張る。すぐに訪れる暗闇の世界。虫や鳥の声がする。獣の鳴き声も遠くから聞こえてくる。用をたしに外にでる。前も後ろも見えるものは何もない、真っ暗だ。テントの入り口に止めた我が相棒が微かな灯に照らされこちらを見ているようだ。そしてやがて迎える朝。夜露に濡れたテントを乾かす。適当な場所に穴を掘って朝の儀式。水筒に残った水で湯を沸かし朝飯だ。バイクに諸々の道具を縛り付け、エンジンをかける。シリンダーが熱を持ち始め、ピストンの動きが安定してくる。相棒に股がった時からまた今日のドラマの始まりだ。木々の間から見える空が少しずつ広くなってくる。人里の気配、道はやがてアスファルトへと変わる。心もなんとなくほぐれてくるようだ。野を焼く煙、道端の人の表情、通り過ぎる集落、遥か連なる山々、川、海、越えてきた峠の数々、そして街の灯....。  

スズキSX200R
スズキSX200R

そんなすばらしい乗り物であるバイクなのだが、油断をしていると現実からしっぺ返しを食らうことになる。車社会であってバイク社会ではないのだ。それは通勤の途中だった。路肩をすり抜けて走っていた『MTX』の前にガソリンスタンドに入ろうとした車が急に被さってきた。右足首に激痛がはしる。歩道に乗り上げて転倒、相手の車は左側ドアからフェンダーにかけて大きな凹み。骨折、そして全治一カ月、狭い部屋にころがっていた毎日。それに補償の交渉はなんとも嫌なものだ。しかしこれも自分にとっては新しく体験したひとつの出来事であった。思いもかけないような事がほんの一瞬の時間で現実のものとなる。ひょっとしたら明日は自分は死んでいるのかもしれないのだ。ほんの一瞬あれば事足りる。そういう思いを時々呼び起こしてくれるものもバイクの別の一面だ。
  次の相棒はスズキの『SX200R』という、やはりオフロードタイプのバイクだった。4サイクル単気筒OHC、最もシンプルなタイプのエンジンだ。元はと言えばこの手のバイクが安価であったが故の選択だったのだが、のんびりと旅をするにはこれが最適だったように思う。高速走行こそ苦手とする所だが、その他のステージは無難にこなし、車重の軽さ、それによる取り回しのよさ、ライディングポジションの自由さ、見た目より遥かに頑丈なこと、それに燃費のよさなどは金欠旅行にはうってつけだ。飯を食う。バイクもガソリンを食う。旅のよき相棒だ。自分の腕の未熟さからバイクに負担をかけることもある。「ガンバッテクレ!」と心の中で叫びながら荒れた坂を駆け上がる。おっかなびっくりだ。自分の臆病さ、生に対する執着心!いろいろな道を走り抜け、いろいろな野宿があった。伊豆には二度三度行った。丹沢、北関東、富士、甲州、信州、房総、北海道、九州、様々な想い出が頭をよぎる。自分に問いかけ、自分を見つめ、そして大空への憧れ。様々な旅のほんのひとつ。

 

 

 

 

そして今、遠い西の空の下で眠っている、カワサキ・エリミネータ250SE